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一龍斎貞花さんの講談「榊原亀三郎」の口演が、11月15日(土)に開催、430名がご来場。次回の関連イベントは決定次第、同欄にてお知らせいたします。

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榊原弱者救済所跡保存会
愛知県半田市稲荷町2-42
鴉根区民館内 
☎0569-27-7191
上記に不在の時は、下記にお願いします。
☎0569-27-6306(田中)
☎0569-27-6233(前田)

公園までのアクセス
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いばりんぼうのカメ
幸せの風を求めて

side-event はんだ郷土史研究会
2018年9月
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遠く長野の茅野市から史跡公園の視察においでいただいた。

当日、半田市はこの年一番の寒さ。朝の気温は3度ほどだった。「お~さぶっ」と茅野市のみなさんを待った。きょうは半田市更生保護女性会の菊岡小代子事務局長も来てくださっている。吹きさらしの史跡公園は寒い。

菊岡さんも「寒い~」とぶるぶる。マフラーぐるぐるで茅野市のみなさんを待った。

観光バスが到着。37名が降りて来られた。

「寒いでしょ」と当会の田中清朗会長。

「暖かいですよ。ここは」と茅野市の方。

「えっ! 暖かい?」

「今朝、私たちが茅野を出るときはマイナス7度でした。真冬になるとマイナス10度が普通ですよ。それに比べると知多半島は南国ですね」。

参った! マイナス7度の地からプラス3度の場所の来れば、そりゃぁ暖かいわけだ。しみじみと日本の広さ、同時に文化の違いも感じたのである。

茅野市はスピードスケートの小平奈選手の地元。町では世界新記録更新の度に湧き上がっているという。だからあまり寒くない? まさか!

 

 

おかげさまで『幸せの風を求めて 榊原弱者救済所』(西まさる著)が重版できました。

これだけ多くの方に読んでいただいたということ、感謝に堪えません。ありがとうございました。

まずはご報告まで。

ああ忙しかった。

10月17日に知多郡美浜町民生委員のみなさんをお迎えしたと思ったら、11月1日は知多郡豊浜町更生女性会。そして翌2日は名古屋西区民生委員会のみなさんが視察・見学に来られた。

1日、2日は朝9時30分にご来園。田中さん、前田さんら幹部は仕方ないとしても、お手伝いくださる地元の山崎さん、斉藤さんは大変だ。会場の準備、お茶の準備など早くからやってくださっている。

視察団の受け入れはいつも通り、前田さんが救済所跡地の現地説明、鴉根区民館の移動して田中会長の歓迎の挨拶。西まさるのミニ講演。そして本や絵本、DVDを販売する。この収益が弱者救済所の運営資金になるのだが、言うまでもなくそんなに売れるものではない。

それより本などを持ち帰っていただきそれぞれの地元で救済所の意義を知らせてもらう方は大きい。

11月はもう一件、名古屋緑区の保護司会が来る。がんばる。

*写真、上から2点は名古屋西区のみなさん。3枚目は美浜町民生委員会のみなさん。

福井県のあわら保護司会さんが榊原弱者救済所跡を視察に来られた。

まずは史跡公園を一回り、当会・前田さんが記念碑などの説明をする。みなさん熱心に聞き入り、「収容者の食事はどうしていた」「宿舎はどこに建っていたのか」など質問も具体的で関心の高さを感じさせる。

鴉根区民館に移動。お茶をサービス。会長の田中さんの挨拶、そして、西まさるが「榊原亀三郎と救済事業」を紹介するミニ講演。これがいつもの定番コース。これでガイド料は、お一人でも団体でも、1回1,000円。但し、DVD『榊原亀三郎物語』〈1,000円相当〉を1本差し上げます)なのだからタダより安い。

当然これは亀三郎翁の偉業を後世に伝え、少しでも更生保護、福祉のお役に立とうという気持ちからである。

10月19日には知多郡美浜町の民生委員会。11月1日は美浜町更生女性会、2日は名古屋市西区民生委員会、29日は名古屋市緑区保護司会のみなさんの視察が決まっている。

こうして榊原弱者救済所保存会の活動が全国に知られていくことはうれしいことだ。

 

何気なくパソコンを検索していたら、こんな記事を見つけた。

意外なところで榊原亀三郎を知ってくれている人がいたのだ。

https://ameblo.jp/npo-motherhouse/entry-12279237342.html

よろしければご覧いただきたい。

 

きょうはとても嬉しい報告である。

松原賢さんの論文「榊原亀三郎が社会福祉発達史に残した貢献~榊原亀三郎の福祉思想と榊原弱者救済所~」が日本福祉大学福祉学会の学術奨励賞を受賞した。これは松原さんばかりでなく榊原弱者救済所保存会としても喜ぶべきことだ。

松原さんは榊原亀三郎の偉業を知り、その思想と実行力に感銘を受け、再々、鴉根の救済所跡を訪れて調査。また、はんだ郷土史研究会の例会などにも度々参加して研究を深めていた。
その研究成果を昨年、発表し、この度の受賞となった。
表彰式は平成29年6月24日(土)、日本福祉大学美浜キャンパスで開催された日本福祉大学社会福祉学会第49回大会「こんなにオモロい福祉の仕事 教えて下さいあなたの実践~誰もが人間らしく生きられる社会をつくる~」で行われた。

詳しくは、『はんだ郷土史だより』73号に掲載してある。

さらに、みなさんにご報告したいのは、松原さんは学術奨励賞の副賞賞金を榊原弱者救済所保存会に寄付してくださったことだ。

6月8日、お住まいの豊川市からわざわざおいでいただき、寄付金を当保存会・田中清朗会長にお渡しくださった。写真である。左が松原賢さん。

 

 

大変ありがたく、嬉しいことだ。

心よりお礼を申し上げる。

  67回「社会を明るくする運動」の第3回半田市推進委員会の講師に西まさるを呼んでいただいた。
半田市保護司会や更生女性会、協力雇用主会などが中心で半田の公官庁、政経済界が参加する大きな会である。この日は120名のご参加とのこと。会場を見渡すとこの地方の名士の顔もある。

「社会を明るくする運動」とは犯罪や非行を防止し、罪を犯した人の立ち直りを支えるのが目的の会だ。
もとは戦後の荒廃した中の昭和24年に孤児や犯罪者が溢れる東京・銀座の商店街の人たちが、明るい街を取り戻すため、犯罪のない銀座をつくるために始めた運動「銀座ファエ」が始まりという。その民間活動が公的に引き継がれ、今年67回という。半田は3回というからかなり後発だ。

半田委員会の講演。
私、西まさるが講師である。
絶対に言ってやろうと思っていた。
「社会を明るくする運動は昭和24年に始まったのではない。その50年も前に半田で始まっていたのだっ!。榊原亀三郎という人が明治32年に半田で始めていたのだっ! みなさん! ご自覚召されッ!」。

るる言うまでもなく、今の半田市鴉根の丘に亀三郎が造った弱者救済所は、街に棄てられた幼い子どもたち。赤貧ゆえ家を追われた老人、身障者。出獄したが帰る家のない刑余者。そんな人たちを私費で救済・保護した民間施設だ。
「半田の誇るべき史実なんですよ!」。「みなさん、もっとこの救済所保存活動に協力してください」と言いたかったのだ。

45分、熱演したつもりだ。
会場に120人の方がいた。どなたも半田市では社会的地位の高い人たちである。
「鴉根の弱者救済所跡に行かれたことのある方、挙手をお願いします」と訊いてみた。
贔屓目に見て20人ほどが手を挙げた。保護司さんを含んでこの数だ。さびしい限りだが、これが現実なのだ。
がんばっていくしかないが・・・。

ともあれ「社会を明るくする運動」の嚆矢は半田・鴉根にあり、と自画自賛しておくしかなかろうか。

●この記事は「はんだ郷土史研究会」のブログから転載しています。

 


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