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平成31年1月20日(日)アイプラザ半田・講堂にて、「榊原亀三郎の偉業と榊原弱者救済所の存在を広める会」を開催。一龍斎貞花・講談「榊原亀三郎物語」ほか、イベント多数。また、知多酒で乾杯する祝賀懇親会も同日に開催。どなたでもお気軽にご参加いただけます。詳しくはパンフレットを。

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榊原弱者救済所跡保存会
愛知県半田市稲荷町2-42
鴉根区民館内 
☎0569-27-7191
上記に不在の時は、下記にお願いします。
☎0569-27-6306(田中)
☎0569-27-6233(前田)

公園までのアクセス
E-mailでのお問い合わせは

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いばりんぼうのカメ
幸せの風を求めて

side-event はんだ郷土史研究会
2020年1月
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令和2年(2020)となりました。

榊原弱者救済所跡の保存事業も7年目に入ります。まさにヨチヨチ歩きの保存会ですが、本年もよろしくご支援下さいますようお願いいたします。

思えば、平成13年8月、榊原弱者救済所跡を一般に知っていただくために、鴉根ちびっこ広場に隣接する竹林を開墾。そこに史跡公園を造る作業を始めました。関係者総出の作業です。竹林の竹を伐採、広場に運び込み適当の大きさに切断。搬出する。8月14日、酷暑の日でした。

地元・鴉根町の有志に加え、市役所の若手職員もボランティアで参加してくれたのが嬉しい。榊原半田市長も参加、ワイシャツの袖をまくり上げて竹を運んでいたのが印象的でした。

そして、その9月、見事、完成しました。

そして、9月 記念式典を開催。写真は挨拶する往時の功労者のご子孫と亀三郎翁のご子孫。中央のマイクを持つ方は天埜伊左衛門翁のご子孫。その後は亀三郎のお孫さんたち。右が榊原庄太郎翁の孫。

そして7年、毎年各地から当所への見学、視察が続いています。

こうして現地でご説明、さらに鴉根区民館に移動して救済所の歴史と意義などをご説明して喜んでいただいている。

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旧年中は大変お世話になりました。

本年も榊原弱者救済所跡保存会をよろしくご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

会  長・新美 勝

代表理事・前田利行

ほか、役員一同

10月27日、何と遠く東京から救済所跡ご視察に来ていただいた。

新幹線、タクシーなどで13名。頭が下がる思いだ。

現地見学を前田利行が、西まさるが小講演、といつもの流れで無事、済んだのだが、調布狛江地区の保護司さんの年齢が若いのには驚いた。

他府県をすべて知っているわけではないが、地元、愛知県と比べると格段にお若い。中には50歳前とお見受けする女性もいて、思わず「貴女も保護司さんですか?」と訊いてしまった。(よいしょ! は少しだけ)

小講演が終わると2,3人から手が挙がった。その質問たるや実に専門的。「そんな難しいこと、ぼくに訊くなよ」と言いたいレベルだ。答えた? 「ごめんない!」と逃げたに決まっている。

この調布狛江地区保護司会は榊原亀三郎のことを、幸島聡中国地方更生保護委員長に聞き、視察を勧められたという。視察後、同保護司会・相田常行会長が広島の幸島氏に報告したという。それを受けて、幸島氏から電話があった。

「若くて熱心な保護司会ですね」と訊くと、幸島氏は「積極的な活動をする模範的な保護司会だよ」と言った。

充実の一日であった。

*観光バスを使わない視察だったので、当会、新美会長、前田理事他で自家用車を出して送迎してもらった。ご協力いただいた諸氏に感謝する。

*写真は不調なので後日挿入する。

 

【言い訳】長くブログをさぼってすみません。実は……(省略)。

10月4日尾東保護司会19名が榊原弱者救済所跡を視察に来られた。

「尾東」とは一宮市、岩倉市、瀬戸市など尾張地方の名古屋市以外を統轄する保護司会である。知多半島も常滑市、大府市、東海市などがこの括りに入る。ちなみに半田市は阿久比町などと半田保護区として「尾東」には入っていない。現代感覚ではちょっと違和感があるこの線引きだが、保護司制度が出来た頃(亀三郎が鴉根にいた頃)、半田は尾張でなく三河の範疇とされていたからだろう。

さて、一行の視察は愛厚の里を視察の後、史跡公園に。新美勝会長が出迎え、挨拶。救済所跡を見学し、鴉根区民館に移動。西まさるの小講演、といういつもの流れである。

こうして少しずつ、榊原弱者救済所跡保存事業が広がるといい。

㊤新美会長の挨拶

㊦史跡公園の現地説明風景

㊦鴉根区民館で西が「亀三郎の偉業と保存事業」を説明

 

7月2日でした。

半田市更生保護女性会のご一行が史跡公園をご見学されました。

遅ればせながらご紹介します。

中央の黒の服が岩田会長。

遠いところから来てくださった。富山県の滑川市である。蛇足ながら、滑川市は富山市より新潟県寄りの魚津市の隣。ホタルイカで有名なところである。観光バスで高速をとばして4時間以上かかったとのこと。ありがたいことだ。

榊原弱者救済所跡へ各県から見学がある。愛知県は当然だが、静岡、長野、石川、福井があった。この度は富山。これで中部地方は全部、と言いたいが、なんと三重がない。ちょっと意外だがこれは当方の宣伝不足もあるだろう。

ちなみに、既に予定が入っているのは、滋賀県米原の保護司会、東京・調布市の保護司会がある。やがて全国制覇したいものだ。そして亀三郎の偉業が全国に知られる! これを目標にしたい。

滑川更女さんのご見学。いつものように現地をご見学。鴉根区民館に移り、西まさるの「亀三郎と救済所」の講演である。

今回も半田市更生保護女性会が出迎えて、交流した。

写真は挨拶する岩田半田市更女会長。

こうして更生保護女性会が交流し理解が深まっていく。写真にはないが竹内更女会顧問、菊岡県更女会事務局長も参加。

挨拶する新美会長。

今回はあいにくの雨で現地見学が15分ほどで切り上げた。その分、西まさるの講演が90分。滑川の方々も充分ご満足いただけた様子だった。

令和最初の榊原弱者救済所跡へのご見学は名古屋市千種区民生委員ご一行、84名。千種区の民生委員さんはこれで実に3回目。頭が下がる思いだ。

千種区に民生委員・児童委員さんは300名以上いらっしゃるということで、この地への見学は3回に分けて、とのことだ。この日も観光バス2台。鴉根の丘が一気に賑やかになった。

「ここにはかつて榊原弱者救済所がありました。広さは6万6千坪。常に50人ほどの人が暮らしていました。その人達は家庭からも社会からも棄てられ、差別され、行き場を失った人達ですが、この救済所には差別も偏見もありません。貧しくとも、みなが平等に暮らしています。ここは幸せの村でした」。

そんな風に現地では説明。(この日は西まさるが説明)

そして鴉根区民館に移動です。

この日は新しく榊原弱者救済所跡保存会の会長に就任した新美勝(写真左)と鴉根地区の民生委員・石川輝明も挨拶(写真中央)。

そしていつものように救済所の歴史と亀三郎について西まさるが小講演。

 

みなさん熱心に聴きいいってくださいました。

平成31年3月27日、鴉根区民館に於いて榊原弱者救済所跡保存会の30年度総会が開催された。新役員ら31名が出席。

総会は形通り、事業報告、決算、予算報告などを済ませた。すべて満場一致。

当会は半田市、半田保護司会。はんだ郷土史研究会、鴉根区の四位一体で運営される。総会にも、榊原純夫半田市長・前田佳男半田保護司会会長、蟹江正行はんだ郷土史研究会会長、斉藤剛彰鴉根区長が揃って出席した。

㊦挨拶する榊原半田市長

㊤今年度より田中清朗に代わり、榊原弱者救済所跡保存会の会長に就任した新美勝

㊦蟹江はんだ郷土史研究会会長

新規事業は新美南吉の「狐」を常滑焼の像にして史跡公園に建立しようというもの。写真の像は既に制作中である。

詳しくは追ってここに記したい。

なお、「南吉の狐と鴉根(亀三郎)の狐は同じ狐」は、はんだ郷土史研究会4月例会(4月21日=アイプラザ半田)で西まさるが講演する。ぜひご来場願いたい。予約不要・入場無料(資料代200円)。

高さ約60㎝。子どもの狐を抱いている。

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