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平成31年1月20日(日)アイプラザ半田・講堂にて、「榊原亀三郎の偉業と榊原弱者救済所の存在を広める会」を開催。一龍斎貞花・講談「榊原亀三郎物語」ほか、イベント多数。また、知多酒で乾杯する祝賀懇親会も同日に開催。どなたでもお気軽にご参加いただけます。詳しくはパンフレットを。

side-kengaku

榊原弱者救済所跡保存会
愛知県半田市稲荷町2-42
鴉根区民館内 
☎0569-27-7191
上記に不在の時は、下記にお願いします。
☎0569-27-6306(田中)
☎0569-27-6233(前田)

公園までのアクセス
E-mailでのお問い合わせは

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いばりんぼうのカメ
幸せの風を求めて

side-event はんだ郷土史研究会
2020年7月
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4ケ月ぶりに弱者救済所跡、史跡公園に行った。確か2月の下旬以来だ。竹は少なくなり、アジサイが見事に大きくなっている。それ以外は以前のままの史跡公園である。

新型コロナ騒動がなければ、ここには「鴉根の狐の像」が建ち、桜の木が10本も植えられていたはずだ。それを思うと寂しい。

でも、すべては仕切り直し。コロナ騒動が落ち着けば、公園整備、碑の建立と除幕式、そして視察団の受け入れと進むはずだ。

しばらく公園にいたが空気はきれい。微風に初夏の日射し。ここにはコロナウイルスなどいるはずはない。

公園入口の休憩所。救済所の説明板が掲示してある。雨よけのカーテンもいつの間にか設置してあった。あれがとう。

沢山の方に「榊原弱者救済所の狐の名前」にご応募いただきました。ありがとうございました。
本来なら3月23日締め切りで、審査会を開き、4月5日の「亀三郎まつり」で
入選作を発表する予定でしたが、今般の新型コロナ騒動で全てがキャンセルになっ
てしまいました。ご応募いただいた作品は受付をしました。但し、審査会が延期
になっていますので、結果発表などは後日ということでご容赦ください。
日程その他が決まりましたらこのページでお知らせします。

新型コロナへの対策など、どうぞご自愛ください。

すっかり新型コロナウイルスにやられています。

どれほど危なくて、どれほど安全なのか、まったく分からない病気です。

知多半島に60万人の人がいます。そのうち2人が感染。・・・だから残りの59万9千998人は健常なはずなのだが、今や全員が感染者扱いで外出規制、イベント規制です。要は情報がまったく不正確、不明確なのが困る。

しかし、愚痴ばかり言っていてもしょうがない。石橋を叩いて叩いて、そして渡らない決意をしました。

4月5日に予定した「亀三郎まつり」を延期します。残念ですが目に見えないウイルスと各種の自粛要請に従うしかありません。

●再開催日は検討して後日お知らせします。

●「鴉根の狐の名前募集」の締め切り日も自動的に延期します。これは中止ではありませんので、引き続きご協力ください。

令和2年(2020)となりました。

榊原弱者救済所跡の保存事業も7年目に入ります。まさにヨチヨチ歩きの保存会ですが、本年もよろしくご支援下さいますようお願いいたします。

思えば、平成13年8月、榊原弱者救済所跡を一般に知っていただくために、鴉根ちびっこ広場に隣接する竹林を開墾。そこに史跡公園を造る作業を始めました。関係者総出の作業です。竹林の竹を伐採、広場に運び込み適当の大きさに切断。搬出する。8月14日、酷暑の日でした。

地元・鴉根町の有志に加え、市役所の若手職員もボランティアで参加してくれたのが嬉しい。榊原半田市長も参加、ワイシャツの袖をまくり上げて竹を運んでいたのが印象的でした。

そして、その9月、見事、完成しました。

そして、9月 記念式典を開催。写真は挨拶する往時の功労者のご子孫と亀三郎翁のご子孫。中央のマイクを持つ方は天埜伊左衛門翁のご子孫。その後は亀三郎のお孫さんたち。右が榊原庄太郎翁の孫。

そして7年、毎年各地から当所への見学、視察が続いています。

こうして現地でご説明、さらに鴉根区民館に移動して救済所の歴史と意義などをご説明して喜んでいただいている。

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旧年中は大変お世話になりました。

本年も榊原弱者救済所跡保存会をよろしくご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

会  長・新美 勝

代表理事・前田利行

ほか、役員一同

10月27日、何と遠く東京から救済所跡ご視察に来ていただいた。

新幹線、タクシーなどで13名。頭が下がる思いだ。

現地見学を前田利行が、西まさるが小講演、といつもの流れで無事、済んだのだが、調布狛江地区の保護司さんの年齢が若いのには驚いた。

他府県をすべて知っているわけではないが、地元、愛知県と比べると格段にお若い。中には50歳前とお見受けする女性もいて、思わず「貴女も保護司さんですか?」と訊いてしまった。(よいしょ! は少しだけ)

小講演が終わると2,3人から手が挙がった。その質問たるや実に専門的。「そんな難しいこと、ぼくに訊くなよ」と言いたいレベルだ。答えた? 「ごめんない!」と逃げたに決まっている。

この調布狛江地区保護司会は榊原亀三郎のことを、幸島聡中国地方更生保護委員長に聞き、視察を勧められたという。視察後、同保護司会・相田常行会長が広島の幸島氏に報告したという。それを受けて、幸島氏から電話があった。

「若くて熱心な保護司会ですね」と訊くと、幸島氏は「積極的な活動をする模範的な保護司会だよ」と言った。

充実の一日であった。

*観光バスを使わない視察だったので、当会、新美会長、前田理事他で自家用車を出して送迎してもらった。ご協力いただいた諸氏に感謝する。

*写真は不調なので後日挿入する。

 

【言い訳】長くブログをさぼってすみません。実は……(省略)。

10月4日尾東保護司会19名が榊原弱者救済所跡を視察に来られた。

「尾東」とは一宮市、岩倉市、瀬戸市など尾張地方の名古屋市以外を統轄する保護司会である。知多半島も常滑市、大府市、東海市などがこの括りに入る。ちなみに半田市は阿久比町などと半田保護区として「尾東」には入っていない。現代感覚ではちょっと違和感があるこの線引きだが、保護司制度が出来た頃(亀三郎が鴉根にいた頃)、半田は尾張でなく三河の範疇とされていたからだろう。

さて、一行の視察は愛厚の里を視察の後、史跡公園に。新美勝会長が出迎え、挨拶。救済所跡を見学し、鴉根区民館に移動。西まさるの小講演、といういつもの流れである。

こうして少しずつ、榊原弱者救済所跡保存事業が広がるといい。

㊤新美会長の挨拶

㊦史跡公園の現地説明風景

㊦鴉根区民館で西が「亀三郎の偉業と保存事業」を説明

 

7月2日でした。

半田市更生保護女性会のご一行が史跡公園をご見学されました。

遅ればせながらご紹介します。

中央の黒の服が岩田会長。

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