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平成31年1月20日(日)アイプラザ半田・講堂にて、「榊原亀三郎の偉業と榊原弱者救済所の存在を広める会」を開催。一龍斎貞花・講談「榊原亀三郎物語」ほか、イベント多数。また、知多酒で乾杯する祝賀懇親会も同日に開催。どなたでもお気軽にご参加いただけます。詳しくはパンフレットを。

side-kengaku

榊原弱者救済所跡保存会
愛知県半田市稲荷町2-42
鴉根区民館内 
☎0569-27-7191
上記に不在の時は、下記にお願いします。
☎0569-27-6306(田中)
☎0569-27-6233(前田)

公園までのアクセス
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いばりんぼうのカメ
幸せの風を求めて

side-event はんだ郷土史研究会
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  福祉関係の研究者から榊原弱者救済所の資料提供の要望を受けている。

 ならば、『幸せの風を求めて』執筆当時の資料箱を開けてみた。大きなダンボール箱に一杯ある。思えば、半田~浜松~静岡を何往復したことだろう。

 国会図書館、金原明善資料館、静岡県内の図書館や資料館。何度も行った。

 岐阜に資料があると聞いて走ったこともあった。空振りだった。愛教大に資料があると聞き走った。ガセネタだった。山崎延吉に鍵があると睨み、安城市の関係箇所を廻った。これには成果があった。

 そう思い出した! 成岩の某氏が日本福祉大学の某先生に資料を送ったと聴いたので、某先生に手紙を出した。あれから6年経つが返事がない。某先生はまだお探しのようだ。

 横浜市に新聞資料館・ミュージアムがある。古い新聞もどっさりある。

 ここで「榊原亀三郎」を探し出した時の喜び。反面、一日をムダにした虚脱感。それを思い出した。

 手許に30件以上の明治、大正期に救済所を書いた新聞記事のコピーがある。

 その内の1つ、大正元年10月の『尾三新聞』に「救済事業面接簿」と見出しされた記事に、救済所を訪問した人の名が記されている。

 △留岡幸助 △井上友一内務省神社局長 △金原明善 △山崎農林学校長 などなど錚々たる顔ぶれだ。また、△大学生 大村幹などという無名の人の記載もある。

 この人たちが半田の山奥の救済所を訪れ、見学し、また、支援をしたくれたのだ。

 感慨深い記事だ。(*クリックで読めます)

 他にも紹介したいものがあるので、順次、この欄に掲載する。

尾三新聞

 

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