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平成31年1月20日(日)アイプラザ半田・講堂にて、「榊原亀三郎の偉業と榊原弱者救済所の存在を広める会」を開催。一龍斎貞花・講談「榊原亀三郎物語」ほか、イベント多数。また、知多酒で乾杯する祝賀懇親会も同日に開催。どなたでもお気軽にご参加いただけます。詳しくはパンフレットを。

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榊原弱者救済所跡保存会
愛知県半田市稲荷町2-42
鴉根区民館内 
☎0569-27-7191
上記に不在の時は、下記にお願いします。
☎0569-27-6306(田中)
☎0569-27-6233(前田)

公園までのアクセス
E-mailでのお問い合わせは

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いばりんぼうのカメ
幸せの風を求めて

side-event はんだ郷土史研究会
2019年3月
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1月20日の「はんだ郷土史研究会創立15周年記念会」行事は「榊原亀三郎の存在を広める会」。大成功だった。
14時からのアトラクションズ。
15時からの式典+抽選会
15時半からの幸島聡氏ミニ講演
16時からの一龍斎貞花の講談会

驚くなかれ522名のご来場だ。

17時からの懇親会
これも90名の参加予定をはるかに超えた126名のご参加。
90人分の料理と100人前のソバ、70人分の抹茶セットを用意していたが、足りただろうか。

ともあれ、頭を深々と下げて御礼を申し上げます。
当日の模様をビデオでごらんください。

【ビデオはこちら】

上の、はんだ郷土史研究会のブログは【こちら】

 

なお、この企画には「半田市社会福祉協議会・はなちゃん助成金」をいただいたことを感謝を込めて付記する。

 

ビデオに映る壇上のご来賓(ピンクのリボン)と主催者(白のリボン)は下記の通り。

□ 榊原 純夫 半田市長・榊原弱者救済所保存会相談役
□ 嶋崎 昌弘 市議会議長
□ 鈴川 慶光 教育長
□ 斎場 昌宏 中部地方更生保護委員長
□ 幸島  聡 東北地方更生保護委員長
□ 杉山 多恵 名古屋保護観察所長
□ 堀嵜 純一 愛知県議
□ 榊原 康弘 半田商工会議所会頭
□ 福谷 直正 愛知県保護司会連合会会長
□ 青山 禧子 愛知県更生保護女性連盟会長
□ 岩田都母恵 半田市更生保護女性会会長
□ 石川 健二 半田保護区協力雇用主会会長
●主催者役員=白いリボン
・蟹江 正行 はんだ郷土史研究会会長・榊原弱者救済所保存会相談役
・田中 清朗 榊原弱者救済所保存会会長
・前田 佳男 榊原弱者救済所保存会相談役・半田保護司会会長
・新美  勝 榊原弱者救済所保存会相談役・鴉根区長
・上中 富雄 榊原弱者救済所保存会顧問
・太田 和子 榊原弱者救済所保存会顧問・半田保護司会前会長
・久世 孝弘 榊原弱者救済所保存会顧問・半田市議会議員
・山本 博信 はんだ郷土史研究会幹事・榊原弱者救済所保存会理事
・竹内 孝江 はんだ郷土史研究会幹事・榊原弱者救済所保存会理事
・菊岡小代子 愛知県更生保護女性会事務局長・榊原弱者救済所保存会理事
・西 まさる  はんだ郷土史研究会代表幹事・榊原弱者救済所保存会顧問
・前田 利行 榊原弱者救済所保存会代表理事

以上です。

 

知多半島の情報誌『Step』。発行部数は137,900部というからもうミニコミの域を出ている雑誌だ。ここに10年来、西まさるがコラムなどを担当している。

今はドローンで空から撮った地域を随筆風に紹介する「ドローンで・知多半島パノラマ遊覧」を連載している。

2019年1月号は鴉根地域だった。

鴉根地区を「愛の降る町」と紹介したので転載する。

12月3日、名古屋市天白保護区保護司会さんがご来所。16名。

天白区からは先月2日に、天白区更生保護女性会さんが38名でおみえいただいたのに続くもの。その熱心さに脱帽の思いだ。

半田からも前の保護司会長の太田和子さん。現副会長の竹内孝江さん、愛知県更生保護女性会事務局長の菊岡小代子さんがお出迎えして交流をはかった。

現地での説明、そして鴉根区民館に移動して、西まさるの小講演を40分といういつもの流れだ。

そしていつも思うのは、現地に「紀年碑」しかないということ。様々な説明板を10枚立てて救済所跡を懸命に説明はするのだが、往時のものがないということは弱みである。今後、何か考えなければいけない。なお、その手はあるのでそのうち発表したい。

救済所跡地公園(史跡公園)の清掃を保存会の方々がするというので出かけていった。と言っても、ぼく(西まさる)は清掃をお手伝いする体力がないので、せめてもの罪滅ぼしに缶コーヒーを差入に行っただけだ。
行ってみて驚いた。史跡公園の最深部に歩道を造っているのだ。それも木製の橋のような歩道をだ。

実は数年前から近隣の小中学校の遠足のコースにこの史跡公園を入れてもらい、多くの児童、生徒に「亀三郎の偉業」を知ってもらいたい、という働きかけをしていた。だが、学校はなかなか許可をしなかった。それは公園に来る県道に歩道がなく児童の遠足路としては危険。そんな理由だった。
それならば県道を迂回して車の少ない安全な道を通って史跡公園の裏側から来てもらおうという交渉をした。そして、ようやく学校から許可が出た。
その為には公園に裏から入るには隣接する上中建築さんの敷地を通り、さらに竹藪の中に歩道を造らねばならない。上中建築さんは快く承諾してくれた。そして竹藪の中の細道。こんなものはお茶の子さいさいだろう。たった1メートル幅、長さも10メートルもない。竹を伐ってバラスで足元を固めれば素人でも簡単だ。
そう思っていた。

ぼくが公園に着くと、その歩道に板を張っているではないか。まるで小さな細長い橋のようなものを造っている。
「何をしているのですか」
「板で足元を固定している」
「なぜ、そんなことを」
「児童の中に車椅子の子が1人いるんだそうだ。その子のためだよ」。
あっぱれ! その子1人のために車椅子でも通れる道を造っているのだ。 あっぱれ! これでこそ弱者救済所・史跡公園だ。
目頭が熱くなる思いだった。

10月21日(日)、はんだ郷土史研究会の例会に招かれ、榊原弱者救済所跡保存事業の誕生と現状について紹介、ご協力をお願いした。前田利行が担当した。

会場はアイプラザ半田、約60名のご参加だった。

冒頭、「鴉根の救済所跡を見学されたことのある方、挙手を・・」とお願いしたら、凡そ7割ほどの方の手が挙がった。ほっとした。これは当榊原弱者救済所保存会とはんだ郷土史研究会が当初から協力して来た事業なので当然といえば当然なのだが、一瞬、鴉根区民の7割以上が現地を見学しているだろうか・・、と不安が頭を過ぎった。

今回は保存活動の現状を知っていただきながら、来年1月20日の「榊原亀三郎の偉業と榊原弱者救済所の存在を広める会」へのご参加、ご協力を促すのが目的。その目的が果たせたかどうかは分からないが、会場のみなさまが熱心に聴いていただき、後で質問も複数あったことに少しは安堵した。

【前田利行】 

9月21日の浜松保護司会・更女さんに続いて、27日は名古屋市城西学区民生委員さん。10月2日は名古屋市天白区更生保護女性会のみなさんが救済所跡を見学に来られた。

特に最近は各地の更生保護女性会や民生委員会・児童委員会のご視察が多い。これは亀三郎が孤児や不幸な女性たちを多く救済していた考え方が以心伝心に伝わっている結果だと思っている。

救済所跡の見学で27日とわずか5日後の10月2日で現地の様子が一変していた。

彼岸花も赤く美しく咲く救済所跡。

ところが大型台風到来。花は枯れ、竹もご覧のように根から曲がり赤茶けている。

「祈念碑」に被害がなかったことが不幸中の幸いか。

写真の右端に少しだけ見える小屋には小さな棚があり、救済所関係のチラシやポスターが置いてあるのだが、棚が転倒、書類らはパー、である。

この日の見学は天白区の更生保護女性会のみなさま。汚れた公園ですみません。

 

各地のみなさん。どうぞおいでください。歓迎します。

9月21日、静岡県浜松市西区保護司会のご一行、43名が榊原弱者救済所跡を視察に来られた。朝からのあいにくの雨は次第に小雨に、ご一行が到着する10時には傘もいらない程度の霧雨になった。

浜松は言わずと知れた金原明善翁の郷。榊原亀三郎は明治20年代に何度も浜松に行き、明善翁と運命の出会いがあり、弱者救済事業に目覚めたのである。言わば亀三郎精神の故郷ともいえる浜松である。また後年には、救済所で保護され、社会復帰してゆく人々のかなりの人数が浜松に行っている。

ここ鴉根と浜松とは深い繋がりがあるのだ。

救済所跡の視察の後、鴉根区民館に移動。小一時間、西まさるが「亀三郎と救済事業、そして浜松との関わり」を話した。

全国からこうして亀三郎を視察に来られる。ありがたいことだ。

会場、浜松保護司会のみなさん。

半田保護司会の村松副会長、竹内孝江副会長太田前会長。半田更生保護女性会から菊岡顧問が遠来の客をお出迎え。親睦をはかった。(写真奥の一列)

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