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Blog見出し side-event 平成31年1月20日(日)アイプラザ半田・講堂にて、「榊原亀三郎の偉業と榊原弱者救済所の存在を広める会」を開催。一龍斎貞花・講談「榊原亀三郎物語」ほか、イベント多数。
また、知多酒で乾杯する祝賀懇親会も同日に開催。
どなたでもお気軽にご参加いただけます。詳しくはパンフレットを。 side-kengaku 榊原弱者救済所跡保存会
愛知県半田市稲荷町2-42
鴉根区民館内
公園までのアクセス
E-mailでのお問い合わせは
side-book いばりんぼうのカメ 幸せの風を求めて side-event はんだ郷土史研究会
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板山竹炭研究会・会長 山田嵩様を初め、大人13人と子供29人の方が、3月21日(土)10時10分~10時50分まで、榊原亀三郎の功績を学びたいと連絡がありました。 当日は、田中と前田で対応を致します。

最近では、沼津市の史談会から10名史跡公園を訪れて下さいました。

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榊原弱者救済所の絵本『いばりんぼうのカメ』を描かせていただきました

イラストレーターのスギウラフミアキです。

この度、絵本の原画展を開催することになりました。

お近くの方、興味をお持ちの方には、ぜひご来場いただけたらと思っております。

よろしくお願いいたします。

 

スギウラフミアキ 絵本『いばりんぼうのカメ』原画展

<期 間>  2014年12月20日(土)〜26日(金)
            2015年 1月6日(火)〜11日(日)
                10:00-16:00 水曜休

<場 所>  フレンド乙川(半田市乙川八幡町3-22)
                ※JR乙川駅より東へ徒歩4分

<電 話>  0569-58-5104

<入場料>  無料

  福祉関係の研究者から榊原弱者救済所の資料提供の要望を受けている。

 ならば、『幸せの風を求めて』執筆当時の資料箱を開けてみた。大きなダンボール箱に一杯ある。思えば、半田~浜松~静岡を何往復したことだろう。

 国会図書館、金原明善資料館、静岡県内の図書館や資料館。何度も行った。

 岐阜に資料があると聞いて走ったこともあった。空振りだった。愛教大に資料があると聞き走った。ガセネタだった。山崎延吉に鍵があると睨み、安城市の関係箇所を廻った。これには成果があった。

 そう思い出した! 成岩の某氏が日本福祉大学の某先生に資料を送ったと聴いたので、某先生に手紙を出した。あれから6年経つが返事がない。某先生はまだお探しのようだ。

 横浜市に新聞資料館・ミュージアムがある。古い新聞もどっさりある。

 ここで「榊原亀三郎」を探し出した時の喜び。反面、一日をムダにした虚脱感。それを思い出した。

 手許に30件以上の明治、大正期に救済所を書いた新聞記事のコピーがある。

 その内の1つ、大正元年10月の『尾三新聞』に「救済事業面接簿」と見出しされた記事に、救済所を訪問した人の名が記されている。

 △留岡幸助 △井上友一内務省神社局長 △金原明善 △山崎農林学校長 などなど錚々たる顔ぶれだ。また、△大学生 大村幹などという無名の人の記載もある。

 この人たちが半田の山奥の救済所を訪れ、見学し、また、支援をしたくれたのだ。

 感慨深い記事だ。(*クリックで読めます)

 他にも紹介したいものがあるので、順次、この欄に掲載する。

尾三新聞

 

12月2日(火)午前9時30分、阿久比町更生保護女性会(男性も含む)関会長をはじめ20数名の方々が、榊原弱者救済所跡史跡公園を見学に見えた。公園内を一通り見て頂き、祈念碑の前で榊原亀三郎が弱者救済を思い立った背景から語り始め、明治32年(1899)から昭和7年(1932)ごろまで30年間に、のべ1万5千conv0023人の社会的弱者を収容し、救済したことの説明に皆さんは耳を傾けて、聞いて下さった。 約30分の短い時間ではあったが、最後に一部の方と写真を1枚パチリ終了した。

 おかげさまで榊原弱者救済所跡保存会創設一周年を迎えました。

 ほんとうにありがとうございました。

 11月15日、アイプラザ半田で記念会を開くことができました。

 

 

一周年会 

 

写真は冒頭のセレモニーです。立派な方々にご参列いただき、感謝にたえません。

 壇上、向かって右側は来賓。榊原半田市長、小林愛知県保護司協会会長、近藤愛知県議、堀嵜愛知県議、筒井半田商議所副会頭。
 左側は主催者サイド。田中保存会会長、藤本半田副市長、蟹江相談役、上中相談役、太田半田保護司会会長、新美鴉根区長、西まさるは『幸せの風を求めて』の原作者。

 

 既報の通り、一龍斎貞花の講談「榊原亀三郎物語」も大好評。会場には430名もの方々が。熱気に溢れる口演でした。

 貞花師匠は公演の前に鴉根の救済所跡をご訪問。さすがです。

 貞花と碑

 講談「榊原亀三郎物語」(西まさる作・一龍斎貞花脚色)は半田市で初披露。

 会場のアイプラザ半田は430名の来場。大成功、嬉しい。

 その模様を縷々書きたいのだが、知多半島の情報誌・エディットさんが立派に紹介をしてくれている。

 それをご覧いただく方がいい。

  http://chitahantou.net/archives/860

 どうぞ、このアドレスから。

 嬉しいことが二つあった。
 一つは、先日、日本福祉大学付属高校へ講義に行ったのだが、あまりぼくの話を聴いてくれていなかったと思い、少々落ち込んでいたのだが、高校から講義の感想文がどっさりと届いて驚いた。
 日福高校のみなさん、寝てるやつが多いなんて、悪口を言ってごめんなさい。感想文
 ちゃんと聴いていてくれたんだね。
 ありがとう。

 そして、ぼくの90分の話の中で、高校2年生の諸君の心が動いた箇所がよく分かり、勉強になった。
 一番多かったところはこれ。

 
 「人間、産まれ落ちた場所で一生が決まるのだ」。
 榊原亀三郎が、「豪商の家で産まれた人はその日から若旦那、貧乏人の家に産まれた人は、一生、貧乏」と世の不条理を感じ取った時に発した言葉だ。

 現在の高校生諸君もこの言葉に感動している。
 と言うことは、亀三郎が感じたのは明治30年。現在は平成27年。100年以上経っても、世の中の仕組みは大きく変わっていないというだろうか。

 人間や人間社会はまだまだ成熟していないとも言えそうだ。

 もう一つ、嬉しいこと。
 高校教師がDVD「榊原亀三郎物語」を買った。DVD
 自宅に帰り、DVDを観はじめると、お子さんがすでにこれを観ていて、次はこうだよ、次はこうだよ、と物語の先を話す。
 教師=お母さんは、「観てる最中に先を言わないで!」。

 お子さんは成岩小学校の児童。学校の授業でこのDVDを鑑賞したのだという。
 成岩小学校に、あっぱれ!

   *このブログ原稿は「はんだ郷土史研究会」にも投稿してい ます。

 


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