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Blog見出し side-event 平成31年1月20日(日)アイプラザ半田・講堂にて、「榊原亀三郎の偉業と榊原弱者救済所の存在を広める会」を開催。一龍斎貞花・講談「榊原亀三郎物語」ほか、イベント多数。
また、知多酒で乾杯する祝賀懇親会も同日に開催。
どなたでもお気軽にご参加いただけます。詳しくはパンフレットを。 side-kengaku 榊原弱者救済所跡保存会
愛知県半田市稲荷町2-42
鴉根区民館内
公園までのアクセス
E-mailでのお問い合わせは
side-book いばりんぼうのカメ 幸せの風を求めて side-event はんだ郷土史研究会
2026年6月
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conv0006   5月19日(金)バス2台、89名の方が鴉根区にある、榊原弱者救済所跡を施設視察に訪れました。

14時から30分間は史跡公園の現地での説明です。亀三郎の事業に賛同してくれた篤志家・91名の名前が刻んである芳名碑(祈念碑)の前で、ガイドボランティア(写真=説明者は前田さん)が、ハンドマイクで説明していましたが人数が多く、後ろの人には聞き取りにくかったようです。ともかく、団体では今まで最大の参加人数でいろいろと戸惑いました。

次に場所を鴉根区民館へ移動して、講師の西まconv0010さる先生が、日本初、日本最大の民営の救済所で、30年にわたり1万5千人のもの弱者を救済した事実を事細かく、話をされた。当時の弱者とは、孤児・捨て子・行き場のない女性・高齢者。差別されて就職もできない出獄者。そんな人たちが誰に気兼ねすることなく幸せに暮らせる村である「幸せの村」を作ろうと亀三郎は仲間たちと頑張ってきた。など約40分の講演をされた。中には一生懸命ノートに書き込んでいる人もみえた。

今回89名の方が研修にみえて、うれしい限りです。

現在までに、見学に見えた方や、保護司会の方たちの講演や、メール・ホームページの効果が出てきたと感じます。皆様お疲れさまでした。

5月14日、日本福祉大学29年度新入生25名の方が、愛厚半田の里と榊原弱者救済所跡史蹟公園へ各班に分かれて、榊原亀三郎が明治から昭和の初期にかけて30年に延べ1万5千人もの人々を社会復帰させたといわれる。との予備知識を持って見学に訪れました。公園で10分くらい芳名碑の前で話を聞き、そこで写真を1枚パチリ。次に場所を鴉根区民館へ移動して約40分間,西まさる先生の講話を熱心に聞いていました。質問はないですかとの問いに4.5人の方が手を挙げて、先生の話をノートに記入していました。今日の25名の方が何人、榊原亀三郎のことをまとめ上げるか楽しみです。conv0007

 

 

 

1月25日13時30分、東京から法務省保護局長畝本直美局長・名古屋から、法務省中部地方更生保護委員会西村穣委員長・法務省名古屋保護観察所永井文昭所長ら3名の方が、榊原弱者救済所跡史跡公園を視察に見えた。

保存会の相談役藤本半田市副市長・半田保護司会太田会長他20数名でお迎えし、3名の方を遠巻きにしながらそれぞれ挨拶、その後、DSC_0035西まさる氏が、榊原亀三郎のことや、弱者救済の事業を応援して下さった篤志家の方々の説明を芳名碑の前で説明、それを聞きながら、局長が何度もうなずいておられた姿が、目に焼き付いている。

一通りの説明が終わり、司会から畝本直美局長に一言ご挨拶をお願いしますとの問いに、局長は以前、名古屋の検察庁にいる時、「幸せの風を求めて」の小説を読み、「榊原弱者救済所物語」のDVDを観て、亀三郎さんは素晴らしい方だと知ってはいました。そして今日の説明を聞き偉大な方だった事がさらに分かりました。今回、この地を訪問できたことは本当に良かった、と言っておられました。

私たちは今回畝本局長に史跡公園に来て頂いたことに対し御礼申し上げます。これを契機に多くの方々が史跡公園に来て頂くことを願いつつこれからも保存会として、榊原弱者救済所跡史跡公園を守っていきたいと思います。最後に、畝本局長はじめ名古屋の法務省の皆様方に、視察に来ていただきまして、有り難うございました。

conv00111月29日8時30分より保存会の有志8名で、清掃作業を行いました。

作業を始めたころは、厚着をしてたが、上着1枚を脱ぎ、皆が頑張り、コンテナ

2台に竹・ゴミをいっぱい積み込み11時過ぎに終了しました。

今後は、毎月日時を決めて当番制で、清掃をやっていきたいと思います。

皆さんご苦労様でした。

石川県羽咋市保護司会さんが榊原弱者救済所跡を視察に来られた。17名様。(前ブログでは七尾市保護司会と書いたが、それは謝り。正しくは羽咋市保護司会)

9月15日である。羽咋市は能登半島の中程。遠路のご来場に頭が下がる思いだ。

いつものように現地を前田さんがご案内。この地に救済所があったことなど、鴉根のことなどを説明。その後、鴉根区民館のホールに移動、西まさるが榊原亀三郎の活動と救済事業のことなどを小講演形式で説明する。

実は私、西まさるは、石川県金沢市の出身。ご一行と同郷である。ふるさとの訛りがまことに懐かしかった。

能登といえば、「能登はやさしや 土までも」と言われるほど人情と優しさに満ちた土地柄である。どなたもそんな匂いがある方々だった。

七尾保護司会1

七尾保護司会2

ご無沙汰しております。

榊原弱者救済所の絵本『いばりんぼうのカメ』を描かせていただきました

イラストレーターのスギウラフミアキです。

 

ブログを書くのは久しぶりですが

亀三郎翁の偉業を伝える活動は

間接的ながら続けております。

 

僕はアートイベント出展時には必ず絵本を持参し

紹介、販売を行っております。

 

IMG_3541

<2016/08/21 コミティア(東京)>

 

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<2016/09/03EVENT HOUSE(愛知県一宮市)>

 

他にもデザインフェスタ(東京)、クリエーターズマーケット(名古屋)、半田赤レンガマルシェなど各地のアートイベントに出展しております。

 

出展するたびにいろいろな土地の方に絵本を熱心に読んでいただき

とても嬉しく思っております。

そして元になったお話が実話であることをお話しすると必ず驚かれます。

 

作者としては絵本をご購入いただくのが一番嬉しいですが

絵本を熟読して

亀三郎翁のこと、弱者救済所のことを知り、興味を持っていただけるだけでも十分嬉しいです。

 

誰もが知っている新美南吉のように、榊原亀三郎の名もまた世に広まるよう

地道な普及活動ですがこれからも続けてまいります。

 

絵本は全国の書店でも販売しておりますので、まずはお手にとってパラパラとめくっていただけたら幸いです。
(在庫は各書店にお問い合わせください)

 

スギウラフミアキ

にしさんぽ

 知多半島の情報誌『Step』に、「にしさんぽ」というコラムが5月号から誕生した。わたくし西が、ちーちゃんという歴女と一緒に知多半島の史跡を訪ねるという設定だ。西の「にしさんぽ」と言うと、まるでぼくの冠番組のように見えて嫌なのだが、これは『Step』の編集部がつけたタイトルなので、ぼくは関与していないということを力強く言っておきたい。

でも、せっかく出来たコラム。がんばって続けて行く。

最初は阿久比町を散策したが、7月号は成岩町へ。これは「榊原弱者救済所」へ読者を連れて来たい一心だからだ。

添付するのでみてほしい。できれば本誌を読んでほしい。これが榊原弱者救済所跡をひろく皆さんに知ってもらう一助になればと思う。ともかく一人でも多くの人にこんな偉大な社会事業がこの鴉根の丘で行われていたということを知ってほしいのだ。

『Step』は8万4千部発行。半田市はじめ知多半島の各所に配布されている無料の情報誌。毎月21日に出る。

 

にし7月

 


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