第2回救済所まつり
榊原亀三郎と弱者救済所の偉業を後世に残すために、隔年に一度、「まつり」をやろうととの企画。無事、第2回を行うことができた。
4月10日、鴉根のお祭りに便乗は例年通りだが、お神輿が4台、救済所跡地公園を廻ってくれた。
今回、半田市の藤本副市長のご提案がありがたかった。「桜...【続きを読む】
鴉根は「福祉の町」 中日新聞
何もない雑木林だった鴉根の丘に弱者救済所を造り、一万五千人もの人を救ったのが榊原亀三郎。その救済所とその精神が地元に根付き、鴉根の丘には福祉関係の施設が次々と建った。
地元の人もそれを温かく受け入れ、鴉根は「福祉の町」となっていった。
この度、各福祉施設が連携をとり、助け合いながら進む約束ができた。...【続きを読む】
小さな改善
榊原弱者救済所跡公園の課題はたくさんある。
大きな悩みの一つは、せっかく各地から見学にお見えになっても、この後、どこへ行っていいか不案内。また、跡地公園には人が常駐しているわけではないので、問い合わせもできない。だから見学の方にご不自由をおかけしていた。せめて半田の観光地の案内や昼食ができる店の紹介...【続きを読む】
亀三郎に助けられ
しばらくブログの更新を失礼していた。
実はぼく(西まさる)、脳梗塞で2ケ月ほど入院、11月末に退院。現在、杖をついて歩ける状態だ。そんなわけで、ご無沙汰をお許し願いたい。
思えば、10月5日の夕方、下半身が動かなくなった。動けない。困った。しかし、翌6日は大阪府保護司連合会の集いがあり、大阪に呼...【続きを読む】
岡崎から榊原弱者救済所跡公園視察にみえた
12月3日(木)11時に、岡崎保護区反故司会 会長鈴木育男様はじめ20名の方が、榊原弱者救済所跡公園を、視察見学に訪れました。約25分ガイドボランテァの、前田さんの説明に耳を傾けてみえました。その後会場を鴉根区民館へ移動し、半田保護区保護司会会長太田和子様より挨拶の後、はんだし郷土史研究会の西まさる...【続きを読む】
新美南吉と鴉根弱者救済所
南吉は救済所の子らと交流があった
1万5千人の弱者を救済した半田・鴉根の榊原弱者救済所は昭和6年に閉鎖、30年の歴史を閉じた。閉鎖に理由は、戦争に突入する日本に弱者救済など不要だという乱暴なものだった。そして救済所は姿を消した・・・と思っていた。
だが、それはが思慮が浅過ぎた。行政から捨てられた救済...【続きを読む】
静岡県川根本町更生女性会さん
遠く静岡県から榊原弱者救済所跡を見学においでいただいた。
静岡県川根本町更生女性会ご一行、27名である。
あいにくの雨模様だったが、史跡公園にみなさんが到着するころには雨はほとんど上がり、やれやれ。ご一行は中型の観光バスで来たが、それでも現地まで入れず、県道で下車。バスは半田更生園の駐車場へ待機する...【続きを読む】
亀三郎のいた場所
現在の史跡公園に建つ祈念碑は、広くみなさまに公開するために、元の場所より直線で50メートルほど移築している。
移築場所も榊原弱者救済所のあったところなのだが、元々の場所はどこかとよく聞かれる。
今は元の面影もないので言いようもない。
せめて、写真をみてほしい。移転直前の祈念碑である。
...【続きを読む】
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平成31年1月20日(日)アイプラザ半田・講堂にて、「榊原亀三郎の偉業と榊原弱者救済所の存在を広める会」を開催。一龍斎貞花・講談「榊原亀三郎物語」ほか、イベント多数。
榊原弱者救済所跡保存会



